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わたしが「O嬢」という小説を手にとったのは十代半ばのことでした。
第二章のステファン卿まで読んで以降、その先は読めておりません。
文章ひとつ、単語ひとつがわたしの最深部を暴きたて、厳重に管理しなければならない匣の蓋の隙間から忍び入ってくるからです。
背徳の官能、頽廃の悦びに精神を犯され、どうにかなってしまいそうになるのです。

わたしにはO嬢の物語がまるでファンタジーに感じられません。

七歳のときには絶頂することを覚え、同い年のサディスティックな少女に気に入られては犬のように扱われていたわたしです。
当時は被虐の何たるかを知る由もありませんが、他にわたしを好いてくれた(……いま、やっとそう思えます。彼はあんな表現しかできなかったのだと。)……好いてくれた少年も、やはりサディズムの芽のようなものを抱えた子供でした。

そしてわたしは、かれらにそのように扱われたからマゾヒストに育ったのではなく、恐らくはわたしの中にもマゾヒズムの芽が既に芽吹いていたのです。
現在のかれらがどのような人間になったかは解りませんが、当時サディスティックな感情を持て余していたかれらの前から唯一逃げることなく、かれらを満足させることができたのが、わたしだけであったのだろうと思います。

わたしは幼少期から男性に乱暴に扱われ裸にされる女性というものを想像していました。
その延長線上に、ごく自然にO嬢はいます。
ですから、O嬢の結末はじぶんの結末を知ってしまうことのようで、ずっと怖かったのです。

けれど、今度こそ最後まで読むことを決めました。
哀しくも自然に受け入れられたなら、やはりわたしもOなのです。

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