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最近、とくによく考えることがある。
ほんとうにSMなくして生きられぬ人間などどれくらいいたものだろう。
サディスト、マゾヒストを問わず、快楽のためではなく「そうしなければ生きていけない」ような人間は、ごく僅かなものではないのか。

わたしは、SMはわたしにとってはごく自然なものであり、ゆえに幸福を齎してくれるものだと思っているが、社会的な女性としてはとても哀しい性質だし(なぜならまっとうな社会的幸福を幸福とは感じられない。)、ましてや楽しみであるなどとは一度も感じたことがない。

こんなM女の発言はS男性からすれば傍迷惑なものだろうし、楽しく幸せにSMをやっているM女性からしても不愉快なものだろう。
それでもわたしは、胸に苦しみを抱えながらネットの海を見渡す。

貴女はMではなく女性として平凡ながらも尊い幸せを掴めたのではないか。

一度躰が覚えた快楽は、やすやすと忘れされるものではない。
刻印と呼べば聴こえはいいが、Mの悦びは呪縛でもある。
単なるスパイスの程度をはみ出さない領域ならばまだいいものの、一線を越えてしまったらもう元には戻れない。
何も知らなかった翳のない身には、戻れないのだ。

貴女はちゃんと、貴女の頭で考えているだろうか。
貴女の全てを見抜いているかのようなサディストの目に虜になってはいないだろうか。
貴女がかれに何かしらの畏れめいた幻影と未知のときめきを抱いているように、かれもまた貴女に己の夢と欲望を重ねているにすぎないかもしれないのに。

貴女が貴女を知っていて、かれの言葉に心底共感するなら、同じ道を歩んでいけるだろう。
しかしただ盲目についてゆくのでは、いつか破綻する。
真実だと信じていたものが恋の陽炎に過ぎなかったのだと気付いたときには、貴女は肉欲のために陽炎を探し彷徨わずにはいられない躰になっている。

ほんとうはモンスターではない貴女が、欲に燃えている男の夢で自分はモンスターであると思い込まされてしまったら、
わたしは、いまにも涙が零れ落ちそうに、ほんとうに哀しい。

Mの哀しみを哀しみと思わぬうちは、女の幸せに翳を落とす決断を安易にしてはならないのだ。

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