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わたしにとって、
自分が変態であるという事実を100%認めることは、

ごく《一般的な女性の幸福》、
……両親や友人に対して隠しごとをせず、笑顔や言葉の裏に翳りを持たずに
「幸せです。」と胸を張って言える性質の健やかな幸福……

それを、諦めることです。


そう定義した上で、
ずっと、ずっと
【わたしは諦めたつもりでいただけだったのだ】
……ということに、
たった今、気付きました。


なぜなら、
わたしはほんの数分前まで、微かな希望を持っていたのです。


ご主人様と出逢ってSMの世界へと身を投じてから十年、
マゾヒズム的な性的想像を巡らせ始めてからは、既に二十四年近く、
それでもずっと、
もしかしたらこのわたしでも努力すれば幾らか健やかな人間に成れるのではないか……という
微かな希望を持ち続けてきました。

その希望は、どうしようもなくマゾ的な欲求を持ちながらも
わたしはほんとうに変態なのだろうか?
そこまで酷くないのでは?
……という問いを、
捨てられずにいた言動に表れていたように思います。


けれど、理解してしまった。解ってしまった。
自分が変態であるかどうかなんて、そんな疑問を抱く余地は無くなりました。



見えてしまった。
わたしの精神の構造。
恐ろしく透き通った姿で。
認識してしまった。


とても歪なのに、

わたしは全くなおそうと思わない。


始まりは体から、
ご主人様と出逢ってからは精神についても、
理想へ近づけ、歪みを認識し、好ましい姿勢へと鍛えなおすことが大好きな、このわたしが、

この人生でもっとも歪んだものを目にしたというのに
それを正さねばならぬと躍起になることもなく

それどころか

心がとても静かで 安堵する。



こんなにも歪んでいて昏いのに。
死の匂いと破滅へ向かう悦びの温度しか感じられないのに。

これが、どうしようもなく
わたし だ。

……そう思う。


肯定、とは違う。
ただ、否定もしない。
見えた、と、思う。
《わたし》が見えた。


あいされるためのツールとしての肉体でも、感性でもない。
ただ壊されることを待っているだけのもの。
生命としては救いようもなく、
絶望的で、

でも、
悲しくない。

わたしだけが、悲しくない。
(お父さんも、お母さんも、友達も、それにきっとご主人様も、悲しいのでしょう。少し前のわたしも同じように悲しかった。けれどもう、悲しくなくなってしまった。)



死と破壊に焦がれる精神と肉体をもって、
これからは静かに生きていくしかない。
日々の小さな、ゆえに大きな幸福を噛み締めて、
いけるところまで生きていくしかない。

きっと何でもできる。
いつか、望んだように、この身体は必ず朽ちるのだから、
すべての生命が約束されている終わりが
わたしにも訪れるのだから、
その日を夢見て、きっと、何でもできる。

死ぬ日まで、生きていける。

いつか無へ還る日に恋い焦がれながら
その日までわたしはわたしを生かす。


お父さん、お母さん、…友達のみんな、先生。
すべてのひとへの恩返しに。
感謝を示すために。

ご主人様。
あなたと愛をかわして、ふたりで生の悦びを味わうために。

そのためだけに 生きる。



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